デジタルカメラは何故ソニーの一人勝ちなのか?

ちょっと真面目な話。

大手カメラメーカーといえば、かつてのフィルムカメラ時代に、市場上位を占めていたメーカーを指しています。中でも日本メーカーであるC社、N社、M社、O社は35mmという分野では圧倒的な市場を持っていました。

デジタルカメラ時代になり、カメラ市場は変わったように見えますが、カメラメーカーと販売されているカメラそのものは、社名こそ変われど、実質変わっていないように見えます。

  • C社 → C社
  • N社 → N社(子会社になりましたが)
  • M社 → S社(M&Aで吸収されました)
  • O社 → O社(元々の本体ではない会社になりました)
  • なし → P社

C社以外は全て元からあった会社では無くなっています。これだけ見ればC社が勝ち組に見えます。ですが、実際はS社の一人勝ちと言われています。これはどういうことか?

デジタルカメラ黎明期において、カメラメーカーは元より家電メーカーもデジタルカメラを出してきました。このときのカメラの有り様はデジタルカメラという、全く新しい産業が始まるという感じで市場に次々と製品が投下されていました。ですが、カメラと言う市場は、まだまだフィルムが主力で、それ以外は「おもちゃ」の領域を出ていませんでした。イメージセンサの解像度は頻繁に高解像度化され、そのたびに新しい製品が出てきました。ただし、このとき、大手カメラメーカーは殆ど動きませんでした。とはいえ、何もしていないわけでは無く、社内での技術開発というものはちゃんと動いていました。とはいえ、市場評価は「おもちゃ」のままで、フィルムカメラの置き換えはカメラメーカーにしかできない、だからカメラメーカーがデジタルカメラを出せば市場を取るのは容易である、という考えだったのも事実です。

ここで市場に現れたのが、スマートフォンです。スマートフォンにおけるデジタルフォトの浸透は早く、あっという間に誰もがデジタルフォトを手軽の撮影、保存、共有できる新たなフォト文化とも言えるものが台頭してきました。

しかしながら、ここに至ってもカメラメーカーは何もしなかったのです。していることと言えば、スマートフォンで撮影した写真は、写真たりえない、ピントが合ってない、ノイズがひどい、色再現性が悪い、光学設計がなっていない、ソフトウェアによるだましフォトで、写真の持つ映像記録というカメラ文化は全く成立していない、など否定し続けていました。

だが実際は、誰もが知っているように、カメラメーカーのカメラでなくても充分で有る、あるいはスマートフォンでも充分な記録映像になる、など否定してきたものが市場で肯定されています。

カメラというハードは今でも売れています。レンズ交換式の一眼デジタルカメラも売れてはいます。ですが、フィルムカメラ時代ほど売れているわけでは無いのです。相対的に売れているといえますが、絶対値では、少量販売にしかなっていないのです。

ただし、その中でもS社は際立っています。これは何故か?

前述したカメラメーカーの考え方で、デジタルカメラが登場してきたときに、「おもちゃ」である、というスタンスを取ってきた事に大きな要因が含まれています。このときにデジタルカメラとデジタルフォトはゲームチェンジャーであり、写真という文化の変革が始まっている、と認識していれば結果は異なっていたと言えます。

実は、この記事に中でデジタルカメラで撮影したものを写真と言わずに、あえてデジタルフォトと書いています。つまり写真とはフィルムカメラ時代に確立された映像記録文化であって、デジタルカメラ時代の映像記録文化と違う、と言うことをあえて含ませています。

大事なのは「文化」です。デジタルカメラに写真の文化を維持させようとした旧来のカメラメーカーとデジタルフォトという文化を形成させようというS社の動きが、現在の差を生んでいると言っても過言ではないでしょう。

この中の人は、カメラメーカーに在席していた折、文化の再定義が必要だ、と言うことを社内で発信しましたが、受け入れて貰えませんでした。この原因の一つには、フィルムカメラ時代にある、カメラというハード、フィルムというソフト、そして写真の保管・閲覧を担う周辺プレイヤーという明確な役割区分があると考えています。この役割区分がカメラメーカーの考え方にブレーキをかけていたのです。

そして、写真文化という中に居なかったS社は自由に文化創造ができたのです。

直近の営業成績でS社の一人勝ちと言っているようにも見えますが、その背景には、これだけの時代の流れの中で、何も変えなかった旧来のカメラメーカーはS社に追いつくことはもはや不可能とも言えます。

ただ、私自身はまだだ、とも思っています。それは、デジタルフォトの文化はまだ水物状態で、再定義可能な状態のままである、と考えているからです。デジタルフォトとは何か、そしてその文化とはなにか、いまだに定義は確立されていない、だからこそこの定義を確立できたものが、あらたなフォト文化を牽引し、あらたな収益を伸ばすことができる思います。そして、その新たなフォト文化を牽引するリーダーに最も近い位置に居るのがS社ではないかと思います。

レンズにこだわるのも良いでしょう。センサにこだわるのも良いでしょう。だけど、それは一時的なものです。本質を作り上げるのはどこになるのか、今の日本の会社経営の中では非常に困難なアプローチだとも思いますが、是非ともこれに挑み、世界に先駆けて文化を創り上げて欲しいな、と思います。