マルチバースと異世界と並行世界に関する思考

まず始めに、基本の系を想定しておく。

我々の暮らす地球とそれを取り巻く太陽系と銀河系は宇宙の中で1つの塊として存在する。
そして地球で成り立つ法則の1つが、時間と3次元の空間で物事は存在し、あらゆる物質は素粒子を素にして龍史の組み合わせから成り立っている。宇宙空間をこの延長線上で捉えれば他の星は想像の域を出ないほど遠く、光の速度を最小単位として物体が移動する距離で示す事が普遍的である。理論上は光の速度を超える移動は不可能であり、故に他の星に向かうには地球物理的に膨大な時間を要する。また、この法則に基づいて、観測できる他の星の状況は、観測時点において地球物理で示す距離に応じた過去の映像として観測される。
並行世界は、同一時間と同一法則性において等価であり、歴史的な事象によって都度分化して存在するとされる。歴史の異なる同一世界であるため、基本的に同一の人間がそこに存在する。この世界では地球物理に基づく法則は全て適合し、例外は存在しない。
マルチバースでは、いくつかの考え方はあるが、同一時間のみが等価であるが、存在する人間の同一性や基になる法則が個なる世界が存在している。マルチバースの各世界は時空間的に同一上には存在せず、異なるレイヤー世界に存在するとされる。
異世界では、法則、時間同一性、存在している人間や生物等について見受けられず、不完全な同一性を持っている、という世界が殆どである。

並行世界については一旦棚に上げておく。

マルチバースと異世界はかなり近似した世界だと感じられるために、この世界は、ひとまず同じ括りとして考える。

これらの世界は、地球物理的にも存在し、地球物理の法則に則っても到達可能な世界である、と言うのが1つの仮定である。

存在するのは、この宇宙空間のいずれかの銀河系となる。地球物理の法則に則れば、遠方の銀貨系は観測しうる距離に応じた過去と言うことになり、例えば魔法などが存在する世界は観測可能か否かすら曖昧な場所に存在している。

だが、あくまでもこの距離感は地球物理に基づく観測結果にすぎない。地球では空間の折りたたみは認識されず、ただひたすらに時間+3次元空間にマッピングされた認識不能な空間的に平面として認識されるが故に、到達不能な距離にあると認識されている。だがこれすらも、地球物理の法則が成立する世界観すなわち人間の認識可能な範囲での捉え方に過ぎず、異なる法則にてらいあわされれば、非鋤に近似した位置に存在していることが分かる。捉え方によっては、時空間が重なっているようにも見えるが、規定となる法則が異なるため、重なっていたとしても双方で認識することはない。

この点については、以前よりこの異なる世界への渡航には、ワープ、空間の歪み、空間の裂け目、特定の儀式などが該当しており、認識は出来ずとも存在は本質的な部分で知覚していたと言える。

昨今のマルチバース、異世界ブームは、完全に空想の世界ではなく、実際に存在する世界を知覚する者がその存在を自身の空想・妄想として具現化したものである。

このことから、実は地球上で観測している星々の事象は、遙か昔の現象では無く、今まさに起きている事象が観測されている、と言うこともあり得ることである。

故に、これらの世界は実際に存在し、地球上の人類にとって渡航可能な世界であると言える。この認識外の世界においては、そもそも存在の原理となる法則が異なるため、地球物理では存在せず、実現できない、とされている事象が存在しうる。

魔法、レベル、スキルに関する思考
「火」とは何か?我々は人は、燃えることであり、燃えるとは、分子運動が著しく激しくなり、分子結合がほどけ、他の分子(殆どの場合酸素と等価である)と混ざり合うことにより元の物体が別の物体になることを表現している、という認識の者も少なからずいる。だがこれは「火」ではない。では、赤く光り高熱を発する常態かと言えば、これも違う。
これらの説明は地球物理における法則に基づく説明であり「火」を説明したものではない。

「火」とは概念である。概念を指し示す事象は、個々の世界の法則に則る。その為、「火」のなし得る事象は世界毎に異なる可能性は高い。

このような法則自体に違いがある場合は、我々は自身が説明しうる事象について限定的だという認識をしておく必要がある。

地球物理の法則ではない世界において、多くの場合、特殊なスキル、ステータス、魔法が存在する。またレベルという概念の導入も為されている。

そもそもレベルと言う概念は、RPGをデザインする上で導入されたわかりやすい指標であり、地球上では存在しない、とされている。だが、生まれつきの場合や、訓練によって、明らかにステータスに差がある人間は存在する。では何故レベルという表現が成立しないのか?

これには魔法というファンタジーならでは要素であり、地球人類が保有していない能力の関与が最も疑わしいと言える。そもそも、魔法とは事象の引き金であり、事象の基点である。これを生身で引き起こすという能力は現地旧人類にとってまさに夢物語である。
しかしながら、魔法を使える能力がある、ということで人類が肉体的、能力的に著しい進化を遂げる可能性が出てくる。魔法を使う能力は、人のスキルやステータスなどのキャパシティを拡大させる。地球人類では、この能力が発現しないため、キャパシティは大なり小なり差は無い。あるとしても地球物理の法則外での世界に対して誤差の範囲である。
このキャパシティを大きく変化させることがレベルアップという概念になる。人間の成長、経験の積み重ねをゲーム的に示したのがレベルという概念だが、魔法が存在する世界では、レベルアップとはキャパシティの拡張という点で大きく異なる。
ではレベルアップはどのようにして行われるのか?モンスターを倒して経験値を得、経験値が一定になったらレベルアップというのは、実際はご都合主義以外何者でもない。レベルアップ条件では、保有しているキャパシティが満杯になったが故に発生する、とした方が道理としては成立しやすい。これはスキルなどトレーニングをすれば地球人類であっても向上していることが実感出来ることから、適合する世界は多いだろう。他の手段としては、そのもの自身ではなく外部からの干渉である。干渉によってキャパシティが広げられ、結果としてレベルアップを果たしてしまう。

生物としてキャパシティは、元々多い。それが満杯になるということは定命の生物にとっては難しいといえる。もしかすると地球人類では、これがレベルアップが存在しない原因かもしれない。

魔法が使える→魔法能力とは生物の能力(スキル、ステータス)についてそのキャパシティを変化焦ることが出来る体質を得ている
キャパシティの拡張がレベルアップに相当する→通常はキャパシティが満杯になった状態から拡張される。全てのキャパシティが満杯になるには、相当な時間が必要だが、上位者などに自身の身体への干渉を受けることで強制的な拡張が行える

先駆者や指導者の存在、師事することの意味合いは地球上の歴史以上に有用となる。実は昔の地球でも同様なことが可能になっており、その文化がスキルなどの継承と共に師事するという流れとして残っていたのではないだろうか?

魔法能力は、先駆者や指導者がいないだけで地球人類も持ち得ているのではないだろうか?

だとすれば、他の世界から戻った人間は先駆者になり得る。

カルト教の教祖の中にいるかもしれない、超能力者とはそういう者かもしれない、突き抜けた指導者とはそういう者かもしれない。

実のところは、単なる妄想かもしれないが、私はどうしてもこの考えが捨てられないのである。

異世界小説と死後の世界における近似性

異世界話は、小説であれ漫画であれ、RPGを文字や絵で楽しめる娯楽としてジャンルを確立していると言っても過言では無いだろう。かく言う自分も異世界話を書きたい描きたいという欲求はずいぶん前からあった。

最近の異世界、特に魔法に関する通念では無詠唱、思いの強さが魔法の権限や威力に関わる、といった解釈が為されている。この点について善し悪しを述べるつもりは無いし、自分で描いている世界観も似たような物だ。

だが、ふと30年以上前に読んだ死後の世界を紹介するという、所謂霊能者の本を読んだときの事を思い出した。

おぼろげだが、こんな内容だったように思う。

天国に行くのか地獄に行くのかは、誰が判定するわけでも無く自分が選ぶ。選ぶというのは明示的で無く、自身の考え方や思い等によってどちらかの世界に引っ張られるのである。
自殺をした者は自我が染んだことや自死とは結局のところ自分という人を殺すという殺人という行為であることなどを理解するまで、自殺することを繰り返す世界を作り上げ、そこで延々と自殺をし続ける。
悪に依存した者は、死後悪の世界に身を寄せる。その世界では現世と何も変わらない生活などがある。ただ善人がいない世界ではあるが。天国とは死を受け入れ、自身を見つめ次へと昇華することを理解した者が行く。この世界では、行きたいと思えば瞬時にそこへ行き、誰かと対峙すれば心の内が相手に伝わる。
次へと昇華すると言うことを説明するに当たり、死後の世界で特に天国と称される世界では、次元という言葉で説明されていた。より高次元を目指す為に生まれ死ぬのである。高次元に導かれるには高次元の存在によって導かれる。だが、高次元の存在は低次元の者からは光としてしか知覚が出来ない。

こんな内容だった。

いくつか異世界と符合するところがある。

思いが形になるという点で、魔法世界がまさに死後の世界に思えるのである。念じれば発現するというのは、水・火などの魔法発現であるし、瞬時に移動となれば、転移魔法。心の内が伝わるというのは念話と言われるものと同じだろう。創造魔法などは、地獄や自殺者の世界を創る物と同じ様に思える。

そしてもう一つ、符合する物として、火星人や金星人によるメッセージなるものである。このメッセージの中では彼等は異なる次元に昇華したと言うことを述べており、地球人とは次元が違うので物理的に邂逅は叶わないという物だった。

当時を振り返れば、SFで宇宙を物語り、超能力の真否が各所で語られたり、UFOの目撃や事件が報道されたりしていた。これらは、現在の異世界話の中で着地させると、かなりすんなりと落ち着くのである。

また次元の異なる世界観というのは、環世界という理解の中では納得いくものがある。極端な話、生物の知覚しうる世界は、生物毎に異なると考えられている。

ここでは、次元の異なる者たちとは、とか、UFOや霊の存在、とかを述べるつもりは無い。

ただ、自分も含めた人類が、意識という側面で変革が起き始めていると感じられるのである。

少し話が飛ぶが、地球という惑星、というよりは太陽系自体が宇宙という空間の中を移動していることは、別に目新しい話でも無く受け入れられている話だと思う。太陽は銀河の中心に対して公転しておりそれに従って地球もまた銀河を移動している。そして銀河もまた宇宙の中を移動している。

太陽系が移動していると言うことで、近年太陽系が、なにがしかの物質が満ちている領域に突入したという説がある。今までは空間としてその物質が極端に少ない領域であったとされている。その物質とは、所謂ダークマターである。他にも、太陽系を含め、星々は袋状になっている空間の中に存在しているという説も出てきている。

そして、パンデミックが発生している。パンデミック自体がどうだこうだと言うわけでは無いが、このウイルスの異常な変異速度の速さを科学者や医者はどのように捉えているのか非常に興味がある。また、ワクチンという名のワクチンでは無いものの接種が強制されている状況も看過できない。

これらを総じて、現在の地球人類は、歴史上において精神的、肉体的に重大な変化がもたらされているとしか思えないのである。

私は、想念が具象を引き起こすことは可能であり、これを可能にする1つの事象がダークマターなのではないかと考えていた。また、宇宙空間にある星々、我々が所属する銀河以外の銀河系は、現代の地球人が知覚する世界では非常に遠い世界だが次元、私はレイヤーと考えているのだが、が異なれば非常に近接した世界でないかと考えるのだ。そして異なる銀河の世界においては異世界で語られている話は、その殆どが実話になっているのではないかと。だが、あまりにも異世界で登場する世界は未来的な要素がなさ過ぎる。これは異世界を無意識下で知覚する能力あるいは伝搬されている情報の一部が欠落しているが故に、地球という事象で説明していることで、過去世界を引用した方が理解が出来ることから、多くの異世界話は、世界のあり方が中世的にならざるを得ないのではないかと思う。

いずれにせよ、異世界を舞台とした小説・漫画では、来るべき世界への準備マニュアルとなる可能性が高いのではないかと妄想しているのである。